1. ロンドン郊外・エンフィールドの一軒家
1977年夏、ロンドン北部エンフィールド地区のグリーン・ストリート284番地。 ブリムズダウンというごく普通の住宅街にある、二階建てのカウンシルハウス(公営住宅)が、世界で最も有名な“心霊ハウス”のひとつになるとは、誰も思っていなかった。
ここに住んでいたのは、シングルマザーのペギー・ホジソンと4人の子どもたち。 そのうち、11歳の次女ジャネットと13歳の長女マーガレットが、のちに「エンフィールド・ポルターガイスト」の中心人物として世界中に名前を知られることになる。
2. 1977年8月:警察を呼ぶほどの“音”
すべての始まりは、1977年8月。 ペギーが警察に通報した理由は、「子どもたちの部屋の壁から奇妙なノック音がする」「家具が勝手に動く」というものだった。
駆け付けた警官の一人は、居間の椅子が勝手に数センチほど横に滑るのを目撃したと報告している。 彼女は「誰かが押しているようには見えなかった」と証言しながらも、その原因を説明できなかった。
その後も、
- 壁や天井からの連続的なノック音
- 子どもたちのベッドまわりで、枕やおもちゃが勝手に動く
- ドアがひとりでに開閉する
といった出来事が続き、ついには地元紙『デイリー・ミラー』の記者とカメラマンが取材に訪れる。
彼らは、その場でタンスがひとりでに動くのを目撃したと記事に書き、エンフィールドの家は一気に「ロンドンで最も奇妙な家」としてメディアに取り上げられ始める。
3. 椅子、玩具、そして“宙に浮く少女”
現象は、数週間のうちにさらに激しくなっていく。
- 重い家具が床を滑る
- おもちゃや小物が壁に向かって投げつけられる
- 子どもたちがベッドから「跳ね上げられる」ように見える
こうした様子は、のちにリモート撮影された連続写真として残され、「ジャネットがベッドから宙に浮いている」として有名になった。
一部の懐疑派は、この写真を「ベッドの上でジャンプした瞬間を切り取ったもの」と解釈し、超常現象とは認めていない。
それでも、家族、近所の住民、新聞記者、警察官など、18か月のあいだに30人以上が「何らかの異常な現象を見た」と証言している。
1979年まで続いたこの騒動は、「ロンドン史上、最も目撃者の多いポルターガイスト事件のひとつ」と言われるようになる。
4. SPR調査:モーリス・グロースとガイ・ライオン・プレイフェア
この家に長期滞在し、本格的な調査を行ったのが、心霊研究団体「Society for Psychical Research(SPR)」のモーリス・グロースとジャーナリストのガイ・ライオン・プレイフェアだった。
彼らは1977年末から約2年にわたり、
- 100時間を超える音声テープ
- 手書きメモ
- 写真やスケッチ
など膨大な記録を残している。
プレイフェアは1980年に『This House Is Haunted: The True Story of a Poltergeist』を出版し、「実在する何か(entity)が関与している」と主張した。
一方で彼自身、
- 「すべてが本物とは思っていない」
- 「しかし、すべてが嘘だとも思えない」
という曖昧な立場を取り続けた。
5. “ビル”と名乗る声
エンフィールド事件を象徴するのが、ジャネットの口から発せられた、しわがれた男性の声だ。
- 低くしゃがれた声で自分を「ビル(Bill)」と名乗る
- 死因を語る
- ジャネットには難しいとされた質問に答える
こうした音声はすべて録音され、現在も公開されている。
調査側は、この声を「仮声帯発声ではないか」と疑ったが、 懐疑派は「子どもでも練習すれば出せる」と主張。
支持派は逆に、
- 口の動きがほとんどない
- 長時間続けた点が異常
と反論している。
6. トリック発覚と懐疑派の反論
エンフィールド事件では、初期から「本物か、トリックか」の論争が続いた。
- ジャネットがスプーンを曲げようとする様子を隠し撮り
- 天井を棒で叩く、録音機器を隠す場面を調査者が目撃
など、一部に“演出”があったことは確実とされている。
懐疑派は、
- 写真はただのジャンプ
- 現象は子どもだけが見える位置で起きる
- 家の中でしか現れない
と指摘し、「思春期の悪戯と誤解の連鎖」と結論づける。
しかし支持派は、
- 警察官を含む多数の目撃者
- 長期間の記録
- トリックだけでは説明できない現象が残る
と反論し、決着はついていない。
7. その後のメディア化と“ホラー・フランチャイズ”化
エンフィールド事件は、以下のように何度も映像化された。
- ドキュメンタリー
- Skyドラマ『The Enfield Haunting』(2015)
- 映画『The Conjuring 2』(2016)
- Apple TV+『The Enfield Poltergeist』(2023)
こうして事件は、
- 実録本
- ドラマ
- 世界的ホラーフランチャイズ
の中で語り直され、世界的“怪奇ブランド”になっていく。
8. ホジソン家の“その後”とジャネットの証言
2020年代の取材で、ジャネットとマーガレットはこう語る。
- 「現象の一部は自分たちでやった」
- 「しかし、それは全体のほんの一部」
ジャネットは事件の影響で長く苦しみ、学校でからかわれるなどの被害を受けたという。
家族は最終的に家を離れ、事件を“誇張でも完全な超常現象でもない曖昧な体験”として抱え続けている。
9. 証拠と疑いが積み上がったままの“未決怪談”
エンフィールド事件には、
- 警察の公式報告
- SPRの録音テープ
- 新聞・テレビの膨大な記録
- 当事者・調査者・懐疑派の書籍
が残されているが──。
- 全部が嘘だと言うには証言が多すぎる
- 全部が本物だと言うには矛盾が多すぎる
という、永遠の矛盾が残り続けている。
“世界一、記録が残っているのに決着しないポルターガイスト事件”。
エンフィールド・ポルターガイストは今もなお、新しい番組や本の中で語り直され続けている。