スマール家“悪魔憑きハウス”事件

1970〜80年代、ペンシルベニア州の一軒家で続いたとされる“悪魔的現象”。本当に超常現象だったのか、それとも家族の物語だったのか。

1. ペンシルベニアの“普通すぎる”二世帯住宅

アメリカ北東部、Pennsylvania。
石炭の町が点在するその一角にある小さな町、West Pittstonのチェイス・ストリート。

そこに建っていた一軒の二世帯住宅(デュープレックス)が、 1970〜80年代にかけて「アメリカでもっとも悪魔的な家のひとつ」と呼ばれるようになる。

住人は、ジャックとジャネット・スマール夫妻、その4人の娘たち、ジャックの両親。 ごく普通のカトリック系ファミリーだった。

1972年、ハリケーン・アグネスによる洪水被害で家を失った一家は、 1973年にこのデュープレックスへ移り住む。 表向きは「少し古いけれど、リフォームすれば快適そうな家」。

しかしスマール家の証言では、 この家にはすでに“先客”がいた。 しかも、それは単なる幽霊ではなく──悪意ある何かだった、という。


2. 小さな違和感から、“家の中の何か”へ

スマール家によれば、最初の数年は「ちょっとした異変」レベルだった。

壁や床から聞こえる、説明のつかないノック音
家電の誤作動や、ラジオの勝手なオン・オフ
冷たい風が抜けるようなスポット、原因不明の悪臭

1974〜75年ごろから、こうした現象が少しずつ起き始めたとされる。

最初のうちは、古い家ゆえのガタつきや配管の問題と考え、 家族はそれほど深刻には受け止めていなかった。

だが彼らの話では、1980年代に入ると、 「誰かが確実に意図を持ってやっている」としか思えないレベルにまでエスカレートしていく。

飼い犬が目に見えない何かに壁へ投げつけられる
マットレスが夜中に激しく揺さぶられる
娘のひとりが階段から“突き飛ばされた”ように落ちる

こうした物理的な被害が、日常的に起こるようになった──というのがスマール家の主張だ。


3. 悪臭・ラップ音・性的暴行――“悪魔”とされた存在

スマール家が特に強調しているのが、「悪魔的なものの攻撃性」だ。

報道や本『The Haunted』の記述をまとめると、 彼らが語った現象には、次のような内容が含まれている。

家中に突然広がる、腐敗した肉や糞尿のような匂い
壁や天井からの激しいラップ音、ドアの激突
黒い影や、ねじれた人影のようなものの出現
ジャックが「何かに押さえつけられ、性的に襲われた」と主張したケース
ジャネットも、見えない存在に触られたり、ベッドに引き込まれたと証言

のちに一部の報道では、 ジャックを襲った存在は「サキュバス(男性を誘惑・搾取する悪魔)」として語られている。

家族は、こうした出来事が十数年にわたり断続的に続いたと述べているが、 特に1985〜86年あたりにピークを迎えたとされる。


4. ウォーレン夫妻の調査と「4つの霊+1体の悪魔」

1986年、スマール家はカトリック教会だけでなく、 超常現象調査で知られていたEd Warrenと Lorraine Warren夫妻に助けを求める。

ウォーレン夫妻と関係者の説明によれば、 家を調査した結果、以下のような“内訳”が判明したという。

家には複数の霊が存在しており、そのうち4体は比較的無害
しかし、それらを束ねるように、非常に強力で攻撃的な悪魔がいる
調査中、部屋の温度が急激に低下し、鏡や家具が揺れた
鏡に「GET OUT(出て行け)」というメッセージが現れたと主張

ウォーレン側は、家で録音したノック音やラップ音などを含むテープが複数存在するとしているが、 それらは決定的証拠とは言い難く、「音だけでは何とも言えない」という評価も多い。

それでも、この“悪魔憑きハウス”の物語は、 ウォーレン夫妻の代表的なケースのひとつとして、その後のホラー文化に組み込まれていく。


5. カトリック教会の対応と“うまくいかなかった”祈り

スマール家は、地元のスクラントン教区にも繰り返し相談している。

教区や神学者のコメントをまとめると、当時の対応はだいたい次のようなニュアンスだ。

「何か問題がある可能性は否定できないが、即座に“悪魔”と断定はできない」
司祭が家を祝福したが、その場で異常は確認されなかった
公式なエクソシズム(悪魔祓い)が行われたという記録は確認できない

一方でジャネットは、 「匿名の神父が3回エクソシズムを試みたが、成功しなかった」
「悪魔は二世帯住宅の片側からもう片側へ逃げてしまい、儀式を避けた」
と語っている。

さらに、海外記事の一部では、 ローマの枢機卿(後の教皇ベネディクト16世、ヨーゼフ・ラッツィンガー)が指示した形で、 エクソシストが派遣されたという証言も紹介されている。

教会側の公式記録と、当事者・ウォーレン側の話は細部で噛み合わないままだが、 少なくとも「祈りと祝福によって家が完全に静まった」という合意には至っていない。


6. 『The Haunted』とテレビ映画、そして『The Conjuring: Last Rites』

1986年、スマール家の事件は大きなメディアの注目を集める。

新聞・テレビが“悪魔憑きの家族”として連日報道
近隣住民への取材、専門家コメント、教会の慎重な姿勢が混在

その数か月後、ウォーレン夫妻と記者ロバート・カラン、スマール家名義の本 『The Haunted: One Family’s Nightmare』が出版される。

地元紙『Wilkes-Barre Times Leader』などの書評では、この本を

「スマール家側の主張だけをほぼそのまま載せた、一方的な記述」

と批判し、物理的・客観的証拠が乏しいことを問題視している。

1991年には、テレビ映画『The Haunted』として映像化。 ブラム家を演じた俳優には、『エクソシスト』の神父役で知られるジェイソン・ミラーも出演し、 「本物の悪魔映画の俳優が“実話ベースの悪魔憑き”を演じる」という構図自体が話題になった。

さらに2025年、ホラー映画シリーズの最終作 The Conjuring: Last Ritesは、 このスマール家事件をベースにした物語として公開される。

映画版では演出上の改変が多いものの、

デュープレックス(2戸1棟)の家
長期にわたる騒音と悪臭、不可視の攻撃
ウォーレン夫妻が「この家には4つの霊と1体の悪魔がいる」と結論づける

といった要素は、実際の記録をなぞる形で描かれている。

こうしてスマール家の“悪魔憑きハウス”は、 現代ホラーの巨大フランチャイズのラストを飾る素材にまで昇華された。


7. 懐疑派が見た「悪魔憑き」の裏側

一方で、この事件を徹底して疑いの目で見た人たちもいる。

超常現象を批判的に検証する団体CSICOP(現CSI)の代表格だった 哲学者ポール・カーツは、スマール家事件について

「ペンシルベニアの“アミティビル”に過ぎない。 これはホラーストーリーであって、客観적検証を通った現象ではない」

と述べ、

ウォーレン夫妻は客観的・中立的な調査者とは言い難い
家族の訴えは、幻覚・妄想・脳の機能障害によって説明できる可能性がある

と指摘している。

実際、ジャック・スマールは若い頃に髄膜炎を患い、 1983年には「脳から水を抜く手術」を受けており、短期記憶の問題を抱えていたと報じられている。

臨床心理学者ロバート・ゴードンは、

「人は、自分や家族の抱える緊張や葛藤を “悪魔”というかたちに投影して説明することがある」

とコメントし、家族内のストレス・病気・経済不安などが “悪魔憑き”という物語にまとめられた可能性を示唆している。

また、

司祭が数日泊まったが、何も起きなかった
1988年以降、この家に住んだ新しい住人は「何も超常現象はなかった」と証言している

といった点も、懐疑派がよく引き合いに出す論点だ。


8. スマール家のその後と、“悪魔憑きハウス”の現在

1988年、スマール家はついにチェイス・ストリートの家を離れ、 近くのウィルクス=バリへ移住する。

報道によれば、その後もしばらくは「ノック音や影」を感じることがあったと語っているが、 時間とともに生活は落ち着き、家族は徐々にメディアの前から姿を消していった。

ジャック・スマールは2017年に死去
ジャネットはペンシルベニア州ラポートに移り住み、静かな生活を送っていると伝えられる
娘たちは基本的に公の場に出ないが、カーリンはパートタイムの心霊調査員として活動しているとの報道もある

興味深いのは、家族が「メディアで大金を得た」という形跡があまりないことだ。
彼らは一貫して「私たちの経験は本物だった」と主張しつつも、 映画やドラマの収益で派手な生活をしたわけでもない。

一方、かつて“悪魔憑き”とされたチェイス・ストリートの家は、 現在も普通の住宅として残っており、 後の住民たちから「変なことは何も起きていない」という声が繰り返し報じられている。


9. 悪魔か、家族の物語か──“中途半端なまま残った怪談”

スマール家の“悪魔憑きハウス”事件は、

本・テレビ映画・大作ホラーシリーズの元ネタ
ウォーレン夫妻の「ケースファイル」のひとつ
カトリック教会・心理学者・懐疑派・オカルトファンが、それぞれ違う答えを提示している事件

として、今も決着していない。

証拠だけを見れば、

写真や映像は曖昧で、決定打に欠ける
医学的・心理的な解釈も、完全な説明にはなっていない

その狭間で、「悪魔がいた」と信じる人と、 「家族のストレスと勘違いの産物」と断じる人が、40年以上平行線のまま対立している。

二世帯住宅の壁一枚を挟んだ向こう側から、 ノック音と悪臭だけがじわじわ染み出してくるような不気味さ。

スマール家の家に何がいたのか──あるいは、何もいなかったのか。
その答えがどちらであっても、 この“悪魔憑きハウス”は、アメリカ怪談史の中で静かに居場所を占め続けている。

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